洗面所の水漏れで大事な会議に遅れた私

 私の家はセレブとまではいかないまでも、プチセレブだった。幼いときは父親の仕事でカリフォルニアに住んでいて、帰国子女なので英語もまあまあ話せた。中高一貫のお嬢様学校に通っていて、難関私立大学に合格したときは親からベンツをプレゼントしてもらった。留学を経験して語学をさらに磨き上げ、日本人なら誰もが知る一流企業に入ることができ、海外担当の営業部に配属され、アメリカと日本を行きかうという忙しくも充実した日々を送っている。ずっと実家で暮らしていたのだが、心配性な両親の干渉に嫌気がさしたのと、留学中に培った自立精神をさらに高めるために、都内の高層タワーマンションに部屋を借りて一人暮らしを始めた。そう、自由も社会的地位も経済力も恋人も、私が持っていないものは殆どないと言っていいだろう。それくらい、私の毎日は密度の濃いものだった。
 ところがそんな私の暮らしに、まさに水を差すような出来事が起こった。朝洗面所で顔を洗っていたら、足元に冷たいものを感じたので、何だろうと思って見てみると、何と床が水浸しになっていたのである。私は一瞬何が起こったのかわからなくなり、それが水漏れだと認識するまでものすごく時間がかかったような気がする。慌てて家中のタオルをかき集め、洗面所の床に巻いた。そして水を出しっぱなしだったことに気づいて慌てて止めたのだが、10枚以上あるタオルがあっという間に水でひたひたになってしまった。それからマンションの管理人を呼び、修理屋さんに来てもらうことになった。そして修理屋さんを待つ間にようやく気付いたのだ。その日は大事な会議があるということを。慌てて会社に連絡し、事情を説明したのだが、その日プレゼンする資料の入ったUSBは私が持っていたので、会社に大迷惑をかけてしまったのである。私の人生の最大の汚点が、水漏れによってその日つけられてしまった出来事であった。